名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和42年(わ)235号 決定 1967年11月09日
被告人 H・K(昭二三・一・七生)
主文
本件を名古屋家庭裁判所に移送する。
理由
被告人は、
第一 A、Bと共謀の上、昭和四一年五月○日午後九時二〇分頃、岡崎市○○○町○○×番地の○先路上において○岡○平所有の普通貨物自動車一台(時価約四〇万円相当)を窃取し
第二 右A、B及びCと共謀の上、同年同月○○日午後一〇時頃、同市△△町○○○○○番地の○○○公園内○○○橋東北方約五〇メートルの公園内道路において、同所を通りかかつた鈴○満○子と共に散歩中の古○弘(当三二年)から金員を喝取しようと企て、やにわに両名の腕をつかまえたうえ、右古○に対し右Aが切り出しナイフを手にして構え、右Bが「金を貸してくれ」と申し向けて金員を要求し、若しその要求に応じなければどのような危害を加えるかも知れない気勢を示して脅迫し、その旨畏怖した右古○から即時同所において現金約一、四六〇円在中の定期券入れ一個を交付させてこれを喝取し
第三 右A、C、Bと共謀の上、同年同月△△日午前零時三〇分頃、蒲郡市○○町○○地内○○岬において同所に来合わせていた○内○義(当二二年)、○竹○彦(当二二年)の両名から金品を強取しようと企て、同人らに対し、右A、Bが事を構えて言いがかりをつけ、いきなり右○竹の顔面を足蹴りにし、右○内の顔面を手拳で殴打し、一方被告人および右Cもこれに呼応し、こもごも右○竹の顔面を手拳等で殴打し、かつ足蹴りにし、右○内の顔面を手拳で殴打し、腹部を足蹴りにするなどの暴行を加え、右両名の反抗を抑圧した上、右○竹から現金二、五〇〇円を、右○内から現金約一、四〇〇円位および男子用腕時計一個(時価約四、〇〇〇円相当)自動車運転免許証一通をそれぞれ強取し、その際右○竹に対し加療約一〇日間を要する両眼周囲皮下出血、左眼球結膜出血等の傷害を、右○内に対し加療約十日間を要する顔面挫傷の傷害を各負わせ
第四 右A、C、Bと共謀の上、同年同月同日午前一時三〇分頃、同市△△町○○○×番地○ン○ビ食品株式会社倉庫において、同会社所有の中古普通貨物自動車一台、玄米四、三二〇キログラム、○ン○ビラーメン三〇箱(時価合計約一、三〇万八、六〇〇円相当)を窃取し
第五 右A、C、B及びDと共謀の上、同年同月××日午後一〇時頃、前記○○公園南側沿い○川河原において散歩中の○上○子(当二八年)を強姦しようと企て、共同して同女をその場に押し倒し、手足を押えつけ、下着を剥とり口を塞ぐなどの暴行を加え、その反抗を抑圧した上、右Cにおいて強いて同女を姦淫し、その際同女に対し、全治約七日間を要する背部、左肩胛骨下、前頸部顔面各擦過傷、左側大陰唇圧痕の傷害を負わせ
第六 右A、C、B、Dと共謀の上、同年同月□□日午前零時三〇分頃、岡崎市○○○○町○丁目○番地先路上において通行中の○武○岳(当二九年)から金員を強取しようと企て右Bが右○武の顔面を手拳で一回殴打し、逃げ出した同人を右Aが捕え、その胸倉をつかんで押し倒し下駄ばきのまま同人の顔面を足蹴りにして暴行を加え、被告人ら五名で同人を取り囲み「金を持たんか」と申し向け、同人が「持つていない」と答えるや、右Aがその腹部を足蹴りにして暴行を加え、その反抗を抑圧した上、右○武から金員を強取しようとしたが、同人が大声で救いを求めるとともに、たまたま附近に駐車中の自動車の前照灯によりその現場を照射されたため、犯行の発覚を恐れて逃走し、強取の目的を遂げなかつたが、その際、右暴行により同人に対し加療約一〇日間を要する左側腹部切創、眼瞼裂傷の傷害を負わせ
第七 右A、Bと共謀の上、同年同月同日午前一時頃、同市○○○町○○地内、○鉄バス○○下停留所附近路上において通行中の岩○宏○(当三九年)から金員を強取しようと企て、同人の背後に近付き、被告人及び右Bがその両腕をつかみ、右Aが所携のビール瓶でその頭部を一回殴打して暴行を加えその反抗を抑圧した上、同人から現金約五〇〇円在中の財布一個を強取し
第八 右A、C、B、Dと共謀の上、同年同月同日午前一時四〇分頃、同市○町○○×番地の○○○、○部市場において○藤○司所有の煉ようかん七本(時価約八〇〇円相当)を窃取したものであつて、以上の事実は被告人の当公判廷における供述その他当公判廷において取調べた各証拠上明らかに認めることができ、法律に照らすと、右第一、第四及び第八の各事実は刑法第二三五条、第六〇条に、第二の事実は同法第二四九条第一項第六〇条に、第三及び第六の各事実は同法第二四〇条前段、第六〇条に、第五の事実は同法第一八一条、第一七七条前段、第六〇条に、第七の事実は同法第二三六条第一項、第六〇条に各該当する。
よつて被告人の処遇につき検討するに、一件記録就中名古屋家庭裁判所岡崎支部の被告人に対する少年調査記録によると、被告人は出生当時から崩壊家庭に育ち、五歳に満たずして両親の離婚に逢い、以後父母双方共被告人を養育しなかつたため、間もなく岡崎市内の養護施設に収容され、中学校卒業後は名古屋市及びその周辺の職場を転々と住込稼働し、本件犯行の約三ヶ月前から岡崎市内の工場に染色工として住込んでいたものであり、資質的には知能こそやや低いが性格的に非行性が強いとはいえず、唯全般的に精神的未熟、未分化の点が認められる。本件犯行は前示のように前後約一週間のうちの三夜に集中的に同一職場の同僚で形成する集団によつて敢行されたものであつて、被告人がこれに参加したのには、被告人の集団内における自主性の欠如が重要な素因であると考えられるが、それだけにもし環境の調整如何によつてはかかる非行の再発を防止することも期待できるものと思料される。
ところで、被告人はさきに前示第五の事実につき、昭和四一年五月三〇日少年鑑別所に収容され、同年六月一八日名古屋家庭裁判所岡崎支部において検察官送致決定を受け、身柄拘束の儘起訴され、強姦致傷被告事件として当庁に係属した(以上前件という-右事件は審理の結果後記のごとく名古屋家庭裁判所岡崎支部に移送となつた)のであるが、同年一二月一五日保釈されてからは、肩書住居の父親のもとに引取られ、名古屋市内の現職場に就職してまじめに通勤し、現在に至るまで特に逸脱行動は認められない。父親は前記離婚前後こそ行状芳しくなく、本件発生前には自身養育の責任を放擲していたことのひけ目もあり被告人とも殆ど接触しなかつたが、最近では再婚して定職も持ち、生活態度もかなり落着いていることが窺われ、その保護能力と意欲に期待をつなぐことができるし、現に前件係属を機として被告人の身柄を引受け膝下に置いてその更生に努めている状況であつて、継母も協力的態度を示している。
してみると、被告人の現状は本件発生当時に比し、非行集団からの離脱、家庭的環境の改善により、精神的にもより安定し、保護者その他社会資源の面でもかなり条件を異にしているのであるから、被告人の前記資質を考慮すると、適当な保護処分に付することにより被告人を更生の軌道に乘せ得る公算が大きい。
もつとも、前示第五の事実については、当庁の前件審理の結果昭和四二年四月六日一旦少年法第五五条により名古屋家庭裁判所岡崎支部に移送する旨の決定があつたところ、同庁は同年七月一八日右事実にその余の本件各事実を併せて検察官送致の決定をし、その結果本件の係属をみるに至つたもので、斯様に再度に亘り被告人を保護不適とした家庭裁判所の判断は一応尊重すべきであり本件罪質の重大性も軽視してはならないこと勿論であるが当裁判所は前記諸般の事情並びに被告人にはその不遇な生育歴にかかわらず従前刑事処分、保護処分の前歴がないこと及び被告人が検挙されて以来前件をも含めての審判及び公判審理の経過等に鑑み、この際臨むに実刑を以てするよりは、被告人を保護処分に委ねてその自力更生を助長することが最も少年法の趣旨に沿う所以であると判断するので、同法第五五条を適用して本件を家庭裁判所に移送することとする。なお移送すべき裁判所は、保護処分選択のための調査審判の便宜を考慮し、被告人の現住居及び勤務先所在地を管轄する名古屋家庭裁判所が相当であると認める。
よつて主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 桜林三郎 裁判官 日高乙彦 裁判官 加藤隆一郎)
参考一
受移送家裁決定(名古屋家裁 昭四二(少)六〇六六号、昭四二・一二・二〇決定(報告四号))
主文
少年を名古屋保護観察所の保護観察に付する。
理由
一 (非行事実および罰条)
記録中に存する昭和四二年一一月九日付名古屋地方裁判所岡崎支部決定(以下移送決定という)に記載されている合計八件の犯罪事実および罰条と同一であるから、それを引用する。
二 (本件が当裁判所に係属するまでの経過)
(1) まず、移送決定記載第五の犯罪事実である強姦致傷事件が、昭和四一年五月二一日、愛知県岡崎警察署より名古屋地方検察庁岡崎支部(以下単に地検支部という)に送致され、これが同月三〇日名古屋家庭裁判所岡崎支部(以下単に家裁支部という)昭和四一年(少)第六〇六号として係属したのであるが、同家裁支部はこれを、同年六月一八日、少年法第二〇条によつて検察官送致をなし、地検支部を経て同月二七日、名古屋地方裁判所岡崎支部(以下単に地裁支部という)昭和四一年(わ)第二三七号事件として係属した。
(2) 次に、移送決定記載第二(恐喝)、第三、第六(いずれも強盗致傷)、第四、第八(いずれも窃盗)および第七(強盗、ただし当時の罪名は恐喝)の各事実が昭和四一年六月一四日地検支部に追送され、同年九月一四日家裁支部昭和四一年(少)第一〇七五号として係属した。
(3) さらに、移送決定記載第一の窃盗事件が、昭和四一年一一月四日に地検支部に、昭和四二年一月一三日家裁支部にそれぞれ送致され、同家裁支部昭和四二年(少)第三号として係属した。
(4) ところが、前記(1)の強姦致傷事件を審理していた地裁支部はこれを昭和四二年四月六日少年法第五五条によつて家裁支部に移送する旨の決定をなした。
(5) 家裁支部は上記移送決定を受けた強姦致傷事件を前記(2)および(3)の各事実と共に、昭和四二年七月一八日ふたたび少年法第二〇条によつて検察官送致をなしたため、本件全部が司年八月一〇日地裁支部昭和四二年(わ)第二三五号事件として同庁に係属した。
(6) 上記事件を審理した地裁支部は、昭和四二年一一月九日ふたたび少年法第五五条によつてこれを、今度は当庁に移送する旨の決定をなし、同月一一日本件が当裁判所に係属したものである。
3 (保護処分か刑事処分か)
前記移送決定は、そこに記載されている理由によつて、本件は保護処分によるべきが相当である旨説示しているところ、右決定後に余罪が新たに発覚したとか、事実認定に相違が出てきたとか、あるいは情状が悪化した等特段の事情変更はないのであるし、本件の辿つた前項記載のような経過(特に少年法第五五条による二度目の移送がなされた点)も考慮するならば、当家庭裁判所としては右地方裁判所の判断を援用するのが相当であり、それが少年法全体の趣旨にも合致するものと思料する。よつて少年に対しては、ここで三たび刑事責任を追求するという方法はこれをとらず、適当な保護処分を選択して、それによつて処分することとする。ただここで右の結論を補充する意味で次の二つの判断を示しておく。
(1) 本件は強盗致傷、強姦致傷を含む極めて重大な非行で、かつ件数も八件を数えるのであるが、記録によると昭和四一年五月○日、同月○○日および同月××日の三夜に集中的に発生した非行であり、いずれも当時同じ職場に勤務していた成人のAらに、飲食させてもらつた末誘われて敢行したものであることを認めることができる。ただその犯行の態様を外形的に見るとき、少年の果した役割は決して小さいものではなく、ことに強姦致傷事件においてはむしろ主導的役割を果していた観さえ呈するのであるが、しかし、鑑別結果によつて判明した少年の資質(魯鈍級の精神薄弱と思われること、精神的発達が未熟で未分化、小児的であること等)に照らして少年の果した役割をも一度検討してみるとき、そこにはかなり明確に、成人の首謀者に利用された形跡を読みとることができるのである。
(2) 一般に、少年が犯した非行であつても罪質が極めて重大、悪質であると認められる場合には、原則として検察官送致が相当であるというべきであろう。それが社会の正義感情に合致し、社会防衛の要求にもかなうと思料されるからである。しかし本件少年は、前記強姦致傷事件で昭和四一年五月二〇日逮捕され、翌二一日に勾留、同月三〇日より観護措置がとられ、前記のとおり同年六月一七日の検察官送致によつてふたたび勾留が継続し、同年一二月一五日の保釈決定によつて翌一六日釈放されるまで約七ヶ月にわたつて身柄を拘束され、さらに二回にわたる公判を通じその刑事責任を強く追求されていることが記録上明らかである。以上の事実に徴すれば本件の場合、前記社会の正義感情あるいは社会防衛の要求がある程度充足されているとみることは十分可能であろうと信ずる。
4 (保護処分の選択)
収容保護か在宅保護かを決定する契機は、要するに、非行を犯した少年が将来ふたたび罪を犯すことのないように「性格の矯正および環境の調整」を図るためには、収容して保護しなければならないかどうかという点に存する。そしてその判断は、非行時を基準としてではなく審判をする現時点においてなされなければならないことは、保護処分の性質上当然である(このことは非行時と審判時とがかけ離れている本件の場合、かなり重要な意味をもつことになるが、非行後逃走していたとか、その他少年の責に帰すべき事情によつて審判が遅れたのではなく、先に本件が係属した家庭裁判所および地方裁判所において、何が少年に対する最も適切な処分であるかということを慎重に考慮した結果としてこうなつたのであり、その間少年の環境調整がなされ、その性格の矯正にも見るべきものがあるとするならば、むしろ少年法の目指すところは半ば達せられているというべきである)。
上記の観点より、現時点における少年の生活環境、生活態度をみると、少年は昭和四一年一二月一六日釈放されて父および義母の許に引き取られ、同月二〇日より義母の兄G・Rの紹介によつて、本件の内容および経過を全部明らかにしたうえ、同人の取引先である名古屋市西区○○町所在、ネームプレートおよび印刷物製造業○木マーク製作所に住込みで勤務するようになつたが、七ヶ月におよぶ身柄拘束と、二回にわたる公判体験が身に泌みて、今日まで丸一年間極めて真面目な勤務振りを示しており、少年の前記資質上最も懸念されるところの同僚の問題についても可能な限りの調査をしてみたが、何ら憂慮すべき点は存しない。また少年の父は、かつて自らの不行跡から少年を放置し、養護施設において育成させたのであるが、その償いの意味でも今後は親としての責任を果したいとのべており、義母も夫の意志を理解して十分に協力する決意であり、義母の兄である前記G・R氏、それに雇主の○木○夫氏夫妻も少年に対しては並々ならぬ関心を抱いている模様である。
以上の生活環境、生活態度より判断するならば、少くとも少年の現在の環境が継続する限り、現段階において少年を収容して保護する必要はないといわざるを得ない。ただ少年の前記資質的負因と、従来の劣悪だつた生活環境、それに本件非行の重大性に鑑みるならば、なお専門家による指導、監督の必要は十分に認められるところである。
5 (結論)
よつて少年に対しては在宅の保護処分すなわち保護観察処分に付することとし少年法第二四条第一項第一号、少年審判規則第三七条第一項を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 高橋金次郎)
参考二
事件係属の経過
少年H・Kに対する
1 名古屋家庭裁判所岡崎支部 昭和四一年五月三〇日少第六〇六号 強姦致傷保護事件受理。
昭和四一年六月一八日少年法第二〇条の規定により事件を検察官送致。
2 名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和四二年四月六日少年法第五五条の規定により送致事件を名古屋家庭裁判所岡崎支部へ移送。
名古屋家庭裁判所岡崎支部 昭和四二年五月二二日少第五七七号 強姦致傷保護事件受理。
3 名古屋家庭裁判所岡崎支部 昭和四一年九月一四日少第一〇七五号 強盗致傷、恐喝、同未遂、窃盗保護事件受理。
昭和四二年一月一三日少第三号 窃盗保護事件受理。
右両事件は「2」昭和四二年少第五七七号保護事件に併合、一括して昭和四二年七月一八日少年法第二〇条の規定により事件を検察官送致。
4 名古屋地方裁判所岡崎支部 昭和四二年一一月九日少年法第五五条の規定により送致事件を名古屋家庭裁判所へ移送。
名古屋家庭裁判所 昭四二年一一月一一日少第六〇六六号 強盗致傷等保護事件受理。
同庁にて右事件により昭和四二年一二月二〇日 保護観察決定